ーブラック企業が話題になりながらもいまだに横行している理由についてお聞かせいただけますでしょうか?
3つに分けて説明をします。
①働き方改革問題
ここ数年は「働き方改革」をテーマとした講演や研修依頼も多いですね。「改革するぞ!」と何年か前に言い出したにも関わらず、実際何も変わってない企業さんや、構造的に労働時間が長く、ブラックと呼ばれがちな業界の団体などからは特によく呼ばれます。
改革がうまく進まない理由は明確なんです。「働き方改革やります!」と言いつつ、やってることは「早く帰れ!」「もっと休め!」と言ってるだけなんですね。仕事のやり方や組織の仕組みがおかしいから効率が上がらず残業をしていて、業務量が変わったわけでもないのにただ「帰れ」「休め」というのはまったく意味がありません。現場も疲弊するだけですよ。
私の提案する改革は、もう「ビジネスモデルそのもの」から見直しましょうという話です。1日8時間、週40時間で月180時間分の労働時間を使って、ノー残業でみんな定時で帰っても達成できる目標であるべきだし、それできちんと利益を出して、食っていけるだけの収益を上げるべきなんです。「そんなんじゃ儲からない!」とか言うんであれば、そんな儲からない事業は辞めて儲かる事業をやるべきですね。これは経営者の覚悟の話です。それくらいやらないと変わりませんよ。
あと、多くの組織では「残業に依存しすぎ」です。残業でカバーしようとすればできてしまうのが問題ですよね。でも、その残業を産み出している原因は解消されないので、いつまでも残業でカバーし続けるという悪循環になります。「そもそも残業をする要因は何なのか?」とヒアリングをすると、「業務量が多すぎる」のか、「上司がタスクを把握しておらず、命令や差配がおかしい」のか、「仕事の仕組みや手順、システムの問題」なのか…とか色々あるわけです。私はそういうところから一つづつ課題を見える化して改善することをお勧めしています。
②雇用問題
個人的には、アメリカのような人の動きが流動的で、転職がネガティブにならない文化ってすごくいいなって思います。
日本と根本的に違う部分は、解雇の自由度の高さです。アメリカの経営者ともよく話しますが、アメリカには「随意雇用の原則」があり、期間の定めのない雇用契約は雇用者・労働者のどちらからでも、いつでも、どんな理由でも自由に解約できるという大前提があります。また採用や人事評価は職務内容(ジョブ・ディスクリプション)を中心に進められますので、成果目標に満たない従業員に対しては「今日をもってクビ」と言えてしまいますし、会社や上司と合わない場合も、能力さえあれば転職しやすいという土壌がある。結果、アメリカでは流動性が高いです。
それに対し日本では、「頑張ります!」と宣言して入社したのに、結果的に何も頑張らず、成果を挙げられない従業員でも雇い続けないといけません。日本の会社で能力不足を理由に社員をクビにできるとすれば、労働契約に定められた条件が具体的で、与えられた目標が妥当な水準であり、パフォーマンス改善のための十分なトレーニング機会や周囲からのサポートがあり、それでダメでも配置転換など配慮を尽くしたうえで、能力不足を証明する客観的な証拠がある場合に限られます。そうでもない限り、能力が低い社員でも雇い続けて、給料を払い続け、その人に合う仕事を与え続けないといけない。
このような「一度雇ったら一生面倒を見るプレッシャー」があるから、企業も安易に人を雇いにくいんですよ。「もし合わなかったからどうしよう…」と必要以上に委縮してしまう。だから、充分な実績やスキルがあるのか、資格があるのか、意欲があるのか…と、採用基準がどんどん厳しくなるんですね。逆にクビにしやすかったら、お試し感覚で雇えるし、合わなかったからお互い後腐れなく別れやすくなるので、採用もしやすくなるわけです。当然転職もしやすくなり、流動化は健全に進むはずです。
③社会保障問題
クビになるのがリスクだから、ブラック企業でも我慢して働き続ける人がいる。だからブラック企業が淘汰されずに生き残ってしまう。これは大いなる悪循環です。
この悪循環については、社会保障の問題も大きいですね。社会保障によるセイフティネットが脆弱で頼りにできないから、クビを恐れる。ブラック企業だからといってアッサリ辞めるわけにもいかず、しがみつくしかないという構図です。ブラック企業の問題を突き詰めると、国の社会保障制度をどうするかというところまで議論しないといけなくなるので根が深い話ですよね。
ーベーシックインカムが話題でした。実現すれば家賃が払えないとか、飯が食えないなどはなくなりそうですね。
なくなるかもしれないです。人々が各々、好きなことしかやらなくても経済がまわるということも実現するかもしれないですね。ベーシックインカムについてはフィンランドが社会実験をやったり、イギリスでは複数の福祉給付を一本化する「ユニバーサル・クレジット」制度を導入したりといろいろな動きがあるので注目しています。
日本では、本来国が担うべき社会保障の一部を企業が肩代わりする形で経済成長してきたという経緯があり、企業の社会保険料負担が重たい。給料を上げてしまうと社会保障費の企業負担が上がってしまいます。世間で消費税1%上がるかどうかで騒いでいる最中、社会保障費や企業が払う保険料とかがこの10年間で10%以上も上がっています。もうこれは企業の責任だけではなく、国の社会保障制度自体をどうするかという話になります。人口が増え、経済成長していた時期はそれで良かったのかもしれませんが、もう制度と実態が合わなくなってしまっている。しかし、これまでのやり方が成功体験として残っているので、簡単には離れられないというジレンマがあります。
また、制度を変えるとなると企業も我々労働者も痛みが伴います。年金・社会保障・医療費も減るとなった際、どこまで受け止められるかという問題もありますしね。これは女性活躍の文脈でも同じです。企業側は活躍して欲しいと思っていて、女性側にも活躍したいという声がある。一方で、活躍したくない、できないという意見もあります。制度面のネックとしては、配偶者控除の問題です。一定以上働いてしまうと却って税金の支払いが高くなってしまい、割に合わないという問題も出てくるわけです。ブラック企業問題は、単に悪い会社を潰せばいいという話ではなく、様々な問題が絡み合ってるんですね。
ーこれはもう社会問題のテーマですね
まさにそうです。我々が日本という国を今後どうしていきたいのか、が問われています。痛みが伴っても発展しやすい社会にしていきたいのか。生ぬるくこのままでいいのか。政府や役人からも制度や法律を変えるべく、これまでも様々な議論がなされてきましたが、必ず経営側か労働者側(組合側)、いずれかから出てきた強硬な反対意見で議論が潰されたり、玉虫色の解決策になったり、骨抜きになったりしてきました。皆が皆納得するアイデアなんてないんです。とはいえ、世界の経済成長に取り残された感がある中、アグレッシブに進まないところには強いもどかしさを感じます。
ー日本人の生産性の低さって問題ですよね。GDP上げるために何をすれば良いですか?
とにかく「付加価値が高いことをやる」に尽きます。簡単に言うと「確固たる自信をもって値上げする」「値上げしても喜んで受け容れられる商品やサービスを出す」ということです。日本の良さとして「おもてなし」などが挙げられますが、クオリティが高いサービスに対して適正なお金を取っていないか、値上げすれば客が離れていくレベルの、方向違いの努力しかできていないケースも多いです。
質の高いサービスや、世界から競って購入されるくらい魅力的な商品を提供して、その対価として見合うお金を得る。お客が求めていないのであれば止める。至極当然のことを粛々とやらないといけません。
対価以上のサービスを要求してくる会社や客は切ればいい。そういう企業やお客って、要求ばかりして充分なお金を払わないですから。むしろ切った方が利益率が上がるケースが多いです。みんながそのように考えて行動すれば、良い買い手が残り、十分な対価を得て従業員も皆ハッピーになることは間違いありません。